若者に対して世界に目を転じよ、というような話を最近よく目にするけれど、だからといって、すべての人間を海外に追いやるというのは、ナンセンスであると思う。基本的に海外を経験させる目的というものは、全く違う価値観に触れさせることであろうけれど、そういった経験を必要とする人物と、さして必要としない人物が居ることは当然の話であり、どんな人物に対しても同じ経験を求める必然性はないのではないか。
例えば、常に外国と接している外交官などと、家を組み立てる大工などに同じ教育をさせる必然性はどこにもないわけで、それぞれの方向性に応じて、教育というものが変わっていくのは当然である。それは、差別というわけでは決してない。だが、求めれる人物像が違うというのに、同じ教育を施すことが前提となっている世の中であればこそ、区別が差別へと転じてしまう。何故ならば、教育が同じであるということは、出発点が同一であることを意味しているのだから。そこから違う世界に転じていくことは、まして総合得点で分けられていくことは、下らぬ価値観を植えつけるだけだ。
もちろん、外国の空気に触れる利点というものはあるだろう。けれど、それは明確な目的を持って行われても良いことであり、ただ訳も無く外国に行くということだけでは、どれほどの意義があるといえるのだろうか。一通り学んだ上で物事を見つめることと、漫然と見るということでは、見える世界は全然違うのだから。一昔前、豊富に海外を経験した人々の成果がどれほどあるといえるのだろうか。日本を一歩も出たことがない坂本龍馬は“内向きな若者”であったのだろうか。
どのようにも変わりうる状態で外国に赴くのと、勉強する意図を持って訪れるのでは全く違う意味を持つ。きちんと方向性が定まった後に、改めて外国の空気を吸うという順序を求めたとしてもいいはずで、ただ、「外国に行け」というだけでは、下手をすれば何一つ掴めないままに終わる可能性もある。それは日本に居たとしても同じことであるのかもしれない。だが、その可能性を危惧するのであれば、問題は「外国に行くかどうか」ということではないだろう。
大坂にあった「適塾」を訪れたことがある。さして大きくも無い建物というのに、一冊しかない「ヅーフハルマ」を置くための部屋が用意されているのを見て、そこで過ごしたであろう若者の情熱が感じられたけれども、日本国中から集った彼らは藩の中で選ばれた人物が多く、それだけに期待されたエリートたちだった。
エリートにとって学ぶことの最大の動機は、使命感だと思う。彼らは、日本にとって必要な人材になるべく日々研鑽を重ねていた。そこには、国に対する誇りがあったろう。国の置かれている状況を見ての危機感があったろう。一部のものへと与えられる特権は、同時に「切り札」としての役割を与え、彼らの努力こそが明日を紡ぐ最大の力となっていた。それを若者は「知って」いたのだ。
すべての者に対して教育を、というスローガンは美しい。だが、それが求めるものではなく、与えられるものとなってしまえば、情熱も失われる。明治時代、学校令を導入した最大の目的は近代国家の実現にあった。その目的意識は、それが明確であるが故に教育を受ける者たちとの共有が容易であったように思う。それは、第二次世界大戦後の状況も同じこと。
しかし、現在。就職というあまりに即物的な要因に、多くのものが心を奪われてしまっている中で、教育の目的は不明瞭となっている。必死で危機感を煽ろうとしていても、眼前に見える歴史、つい最近までの社会状況との凄まじいギャップがあることによって、若者は誇りすら感じ取れない。
国のため。社会のため。家族のため。示すべき教育の成果が就職にしか向けられないとすれば、それは、結局は自分のためといえるのかもしれない。時代に屹立していた人々と比較して、他者のために奮えない今の姿は、かくも虚しい。


by 影法師
無法